NHK全国学校音楽コンクール全国コンクールの3daysが終わった。
といっても、テレビで見てただけだけど。
11日は小学校。
最近、変な姿勢で歌う児童が急増中。
必要以上に表情が豊かなのは昔からかもしれないけど、
変にふんぞり返ったり、肩をいからせて首を振ったりが目立つ。
おそらく指揮者が変な指導をしていると思われる。
小学校の指導者の特徴は“指揮者”より“教育者”だということか。
偏見かもしれないが、とても音楽をやっているように見えない人が多い。
いわゆる「合唱人」とは別の人種だということか。
この子たちの内の何人が、将来も合唱とつきあってくれるのだろう?
12日は中学校。
今年はアンジェラ・アキ作曲の「手紙」が課題曲。
この曲、流行歌としては優れているのかもしれないが
合唱曲として、中学生が歌うコンクールの課題曲としてはいかがか?
番組の最後で全体合唱をしたら、多くの生徒が涙を流していた。
彼らに涙を流させた背景を考えたら、背筋が凍る思いだった。
NHKがなんどもこの曲をテーマにした番組を放送したことにも
生徒たちを利用した大人の事情が見え隠れして嫌だった。
13日は高等学校。
結局、課題曲の「青春賦」を上手に演奏した学校はなかった。
近年、高校の合唱レベル向上はめざましい。
停滞が続く大学との差は広がるばかりである。
そんな高校生たちを持ってしても歌えないとは駄作なのか?
否である。
今、信長貴富ほど合唱人の気持ちが分かる作曲家はいないだろう。
逆に、気持ちが先走りしすぎて音楽の流れを止めてしまうのだ。
この曲が三拍子だということも一因のようだ。
その昔、農耕民族である日本人は三拍子系が苦手といわれていた頃
三拍子系の曲を演奏する時に、横揺れが多用された。
「身体を揺らしながらリズムに乗って歌いましょう」ってやつだ。
しかし、騎馬民族のリズムといわれる三拍子系は
縦方向の円運動に近く、いくらやっても上手く歌えるはずはなかった。
さすがに、今の高校生たちは三拍子系など苦にするはずもない。
もっと複雑な複合拍子や変拍子だって楽勝だろう。
にも関わらず三拍子に乗れないのはなぜ?
それは、三拍子の円運動に引っ張られて
音楽が前に進まないからではないかと感じた。
日本人は、三拍子というとすぐワルツを連想する。
ワルツは日本人が思っている以上にリズムが強い。
ウィンナ・ワルツが良い例だ。
しかし実際には、ワルツ以外の三拍子も多く存在する。
そりゃそうだ。二拍子が全てマーチではないように。
この曲の場合は、音楽が緩やかな螺旋を描きながら
次第に高みに登っていくイメージだ。
少しずつだが確実にテンションが上がっていく。
それを拍子に合わせてガタンガタン歌うものだから
いつまでたっても同じところをグルグル回ってるだけだ。
そもそも日本人は、じわじわと盛り上がっていくというのが苦手だ。
刹那的で、わかりやすい激情型の音楽が好きなのだ。
だからS・バーバーの「Agnus Dei」(Adagio)や
M・ローリゼンの「O Magnum Mysterium」なんかが上手くない。
アメリカ人の音楽はしつこい位、水があふれるような感動が来る。
ハリウッド映画のわかりやすさとは全く逆だ。
まあ、指揮者の棒が悪いってのもあるだろうけど
(その証拠に、K1先生が振った全体合唱が一番上手だった)
高校生といっても、小学生と同じような指導をしているのかもね。
結局、マインドコントロールが一番上手い指導者が成功するとか。
あ。あと、少人数で練習したり詩の解釈をしたり
それぞれに工夫を凝らした練習をしてるみたいだったけど
それが不思議なくらい音楽に現れていないのが面白かった。
きっと、どこかで方法論だけを輸入してきたんだろうね。
それが理解できていないから、大学に行って苦労するのかな。
だから、大学のレベルが上がらないのか。