1オクターブを均等に12等分した音律。
正式には「十二平均律」だが、一般に平均律というとこのこと。
古くから、美しい音程を容易に演奏することを目指して
純正律や中全音律、ウェル・テンペラメントといった
様々な調律法が試みられてきた。
しかし、どの調律法にも転調が困難だったり、
美しくない音程があるなどの欠点が存在する。
平均律はこうした問題に対して、ある意味割り切った方法といえる。
つまり、周波数的に単純な、いわゆる美しい音程を捨てる代わりに
どの音程をとっても“まあまあ”美しく、
どの調へも容易に転調できるのである。
これによって、ピアノなどの鍵盤楽器や
ギターなどのフレットのある弦楽器は大きな恩恵を受ける。
(その代償として、ピアノには専門の調律師が必要になった)
しかし、合唱において平均律の必要性とは何であろうか?
一つは、最も身近な伴奏楽器であるピアノとの共演。
一般的に、ピアノは平均律で調律されているため
ピアノの音と“ハモる”ために平均律は有効であると考えられる。
では、ア・カペラの場合は?
人間の声はおそらく、
というより間違いなく最も調律のたやすい楽器である。
(もちろんそれが、器楽に対して合唱の難しさでもあるのだが)
演奏中でも、どんどん転調することができる。
(指揮者や皆の意志に反して、勝手に転調していく場合もあるが)
つまり、一音ごとに純正的なハーモニーを奏でることができるはずで
平均律など、合唱には全く必要ないはず。
にも関わらず、日本の多くの合唱団は平均律である。
それは、鍵盤楽器に頼ることで、いわゆる音取りが容易だから。
鍵盤に頼らないソルフェージュ能力を身につけることを思えば、
鍵盤を使った、それなりの音で満足する方が話が早い。
それにそもそも、子どもの頃から平均律に慣れ親しんでいる
現在の音楽環境では、平均律で十分と思っている。
だから純正律のハーモニーを目指しているグループの中にも
「結局、耳で聞いて分かるほどは違わないでしょ」
とか思っている輩がいるのである。
もちろん、平均律に対する批判への反論として
「単純な周波数比が美しいとは言い切れない」というのも分かる。
だがしかし、ロートルながら若い頃から減三和音や
トーン・クラスターを“気持ちいい音”と感じてきた私などは
平均律の長三和音や短三和音を「ハモる音」、
二度音程や、時には属七の和音でさえ「ハモらない音」という
先輩たちに唖然としていたものだ。
だからこそ、正確な周波数比もさることながら
どうせなら、すこしでも“心地いい音”を出したいと思うし、
人間の耳というのは思ったよりも高性能だと信じている。
てか、どちらかというと和音よりは
平均律によって歌われるメロディーって色っぽくない
って思ってしまうのだ。
別に、調性格論的な理屈を展開したい訳じゃないけど。
というわけで、続きはいずれ「純正律」の項ででも。